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ギャラリーメスタージャ企画展 八田 淳 展

作者コメント  あくびの仕方

戦後「民主主義」「社会」の分業化ばかりが「成り立って」ヒトとしての共通用語である言ノ葉は、斯々然々 批評家に任せておんぶにだっこ、「作家」(ここでは、従来のモノ書き作家のコトでなくモノ作り屋としての作家だが)は、ロクなコトバを吐いてない。

『英語は話さないし、今後も今更学ぶつもりなどない』って云い切った 先、ノ−ベル賞・飴科学者(現・京都産業大教授をなぜか大マスコミは元・京大名誉教授の方を使いたがるが、)は、燕尾服での授賞式でも、米国在の、この国の同受賞者がチャンと相手に目を合わせ賞を受けたのに対し、あくまで見事にその時も授ける側の人間の目をみようとはしなかった。(様にT.V.映像から私はうけとった。年が明けて、新年の子供たちとの集いの映像でも彼は、順々に握手する彼らに目線を合わせている様子はなかった。合わせていたのかも知れない。アクションが少ないだけなのかも・・だったら、背丈がうんと高い授賞者を上目づかいに見ることなどできなかった、とみるのが正しいのかも・・)

無理やり辻褄合わせれば、このことを「インタ−・ナショナルなんていらないんじゃないの」っ

て言葉で私に云ってくれた 山岸信郎さん(1929生)と、「作家なら孤独を引き受けなきゃ」って言葉で私に云ってくれた 三須康司さん(1931生)の二人が昨年、共にアチラに逝ってしまった。

片や、東京での初期・現代美術を担っていた日本橋・室町の田村画廊・真木画廊の主。

此方、開廊以来十数年間で、ほんの数人の個展をもっただけの蒲田にあった二人称・画廊の主。
私が作家として育つ過程で大きな影響を得たM氏が六月、Y氏が十月、どちらも私が長期の旅(といっても、この国の中での旅だけど)から戻った直後にそのコトを聞き及んだんだが・・・・

ヤマギシもミスもキリストも、ブッダも共に云っていた「何も同じじゃなくていい」ってナ!


人間の死ぬのはいつも早すぎるか遅すぎるかよ。でも、一生は、ちゃんとけりがついてそこにあるのよ。一本線が引かれたからには総決算をしなけりゃ。あんたは、あんたの一生以外の何ものでもないのよ。

サルトル/フランスの作家・哲学者

善人は二人しかいない。一人は死んだ人で、もう一人はまだうまれていない人。

中国の諺

二人が同時に歌うことはできるが同時にしゃべることはできない。

ドイツの諺

言いたいことを言うものは聞きたくないことも聞かねばならない。

イギリスの諺

♪ 夕焼け小焼けで日が暮れてェ~
「俺が夕焼けだった頃、弟は胸焼けだった---分かるかナ?ワカンネェダローナ!」
は、松鶴家千とせ

「わかっちゃいるけど、やめられない」のが、植木等
「別れろ切れろは芸者の時に云う言葉----」は金色夜叉の名セリフ
 

分かるは切れる、分からないからこそが、他者(ヒト)であり、分かち合えるの所以(ゆえん)なり
ロートレアモンも云ってたが『解剖台の上でミシンとこうもり傘が偶然出合ったように美しい』って、
※1とか、芸術※2なんてそんなもんじゃなかろうか
分かり易ければ客は入るのか? 短絡的な大衆※3迎合主義に陥ってしまいすっかり安直なテーマ展示・パークと化した、バブル期乱造、各地の雨後のタケノコ美術館だけじゃないが、

今一度、引用の数々を----

※1
美というものは物に即したもの、物そのものであり、生きぬく人間の生きゆく先々に支えとなるもので、よく見える目というものによって見えるものではない。美は悲しいものだ。孤独なものだ。不幸なものだ。人間がそういうものだから。

坂口安吾/作家

規則通りにいかないもの、すなわち思いもよらないとか、不意打ちを喰わすとか、びっくりさせるとかは、美の本質的な一部分、美の特質である

ボードレール/フランスの詩人

美とは想像界だけにしかあてはまりえず、その本質的構造のうちにこの世界の無化を蔵している価値である。

サルトル/フランスの作家・哲学者

誰もが美術作品を理解したがる。だが、なぜ小鳥の歌を理解しようとしないのか?

ピカソ/スペインの画家

花、無心にして蝶を招き  蝶、無心にして花を尋ねる
花、開くとき蝶来たり   蝶、くるとき花開く 知らずして帝則に従う

良寛/僧・歌人


※2
芸術とは目に見えるものを写すことではない。見えないものを見えるようにすることなのだ。

クレー/スイスの画家

芸術はもっぱら生活をうつす鏡である。

ハイネ/ドイツの詩人

芸術のための芸術は一歩を転ずれば芸術遊戯説に堕ちる。人生のための芸術は、一歩を転ずれば芸術功利説に堕ちる。

芥川龍之介/作家

富裕階級に逸楽を提供することを目的としているわれわれの芸術は売笑婦に似ているどころではない。売笑婦以上の何物でもない。

トルストイ/ロシアの作家

芸術は真理ではない。芸術はわれわれに真実を会得させるところの嘘である。芸術家は嘘の真実を他人に納得させる方法を知らなければならない。

ピカソ/スペインの画家

四角な世界から常識と名のつく一角を磨滅して三角のうちに住むのを芸術家と呼んでもよかろう。

夏目漱石/作家

自分の独創性を守ろうとして汲々としているものは、これを失う一歩前にいる。

シューマン/ドイツの作曲家

芸術はそれ自体目的ではない。人間性を表白するための手段である。

ムゾルグスキー/ロシアの作曲家

芸術とは人間のなかに再創造された全宇宙である。

ブールデル/フランスの彫刻家

芸術においては裁判官は必要ではない。それに判決を下す者こそが実は裁かれねばならない場合がしばしばある。

ルオー/フランスの画家

芸術は、命令することができぬ。芸術は、権力を得ると同時に死滅する。

太宰治/作家

真の芸術家は、妻を飢えさせ、子どもをはだしにし、七十歳になる母親に生活の手助けをさせても、自分の芸術以外のことはなにもしないのだ。

ショー/イギリスの作家

ひとかどのものを作るには、ひとかどの人間でなくてはならない。

ゲーテ/ドイツの詩人・作家


※3
人民大衆は限りない創造力をもっている。

毛沢東/中国の政治家

大衆は自由な討議・批判が許されるなら、あらゆる問題を把握する能力を持っている。この点においては、大衆の感覚は、支配階級の連中や御用学者たちのそれより遥かに鋭いものだといえるのである。

大山郁夫/政治学者

大衆はものを書かない批評家である。

ヴォルテール/フランスの思想家

とるに足りないようなことでも、新しければ烏合の衆を喜ばす。

エウリピデス/ギリシャの悲劇詩人

民衆は海だ 芸術は船だ 舟は波をかきたて 波は舟をすすめる

トー・フー/ヴェトナムの詩人


もっと、引用してやろう

風刺の生命は真実である。それは必ずしもこれまでに実際にあった事柄でなくてもよいが、必ず現実に起こり得ることでなければならない。

魯迅/中国の作家☆

正確さは決して真実を語るものではない。

マチス/フランスの画家

早く仕事をするからといっていいかげんな仕事をするわけではない。それはその人もつ落ち着きと経験いかんの問題だ。

ゴッホ/オランダの画家

人間は考えることが少なければ少ないほどよけいにしゃべる。

モンテスキュー/フランスの思想家

人間だけが赤面できる動物である、あるいはそうする要のある動物である。

マーク・トウェーン/アメリカの作家

人生はもともと、悲愴なものとこっけいなものとの結合がなくては耐えられないほど宿命的に厳粛である。

ハイネ/ドイツの詩人

滑稽も人間の深いところから発する時は、たちまちにして悲愴なものとなる。

アナトール・フランス/フランスの作家

この世は考える人達にとっては喜劇であり、感じる人にとっては悲劇である。

ウォルポール/イギリスの作家

「ブルース!心が病むときひとびとがつくる歌、それがブルースっていうものだ。悲しくておかしい歌-------おかしがるには悲しすぎ、悲しがるにはおかしすぎる」

ラングストン・ヒュ−ズ/アメリカの黒人の詩人 詩 黒人 ジャズ 木島始 著 昌文選書 ②

悲しさが多すぎると笑いを呼ぶ。喜びが多すぎても涙を催す。

ウイリアム・ブレーク/イギリスの詩人・画家

ほんものの涙は悲しいページからではなく、みごとに置かれた言葉の奇蹟から引出される。

コクトー/フランスの作家

私は人生のなかから何か厳粛な題材をとってきて、それから私の見つけ出されるかぎりのすべての喜劇的効果を引き出す。

チャップリン/イギリスの喜劇俳優

一人を殺すと殺人,千人殺すと英雄。

インドの諺

嘘をついてしまったら二度嘘をつけ、三度嘘をつけ。しかしいつも同じ嘘でなければならない。

オリエントの諺

不器用なおどけは冗談にならない。

イソップ/ギリシャの寓話作家

よき細工は少し鈍き刀を使ふといふ。

吉田兼好/歌人・随筆家

過ぎたるは猶及ばざるが如し。

孔子


感受性は言葉の上には建設されない。あらゆる建設は退屈な完成、金メッキされた沼地の淀んだ思想人間の相対的生産物に向かう。芸術作品は美そのものであってはならない。なぜなら、それは、すでに死んだものだからだ。陽気であっても、悲しげであってもならない。明るくても暗くてもいけない。聖なる後光でつつまれた菓子や反身になって空を駆けぬける汗を提供することで個人的人間を楽しませ、あるいは手荒にあつかうものでなければならない。
芸術作品は人間の力を超えたものの意思により客観的にすべての人にとって、決して美しくはない。だから、そこには批評など必要ない。批評は各人のために主観的に存在しているにすぎず、一般性など少しもない。   (略)
貪欲な大衆にまで届かない文学がある。創造的な作家の作品、作者自身のための作品だ。法則が真っ青になる。最高のエゴイズムの認識。------どのページも奥深く重厚なまじめさの、渦、めまい、新しさ、永遠なるものや、途方もない悪ふざけや、行動原理への熱狂や、印刷術によって爆発しなければならない。これが地獄の音階を持つ鈴と婚約した、過ぎ去るよろめく世界。その一方で新しい人間がいる。粗野で跳びはねているしゃっくりの騎手。手足を切断された世界と改良に苦しむ文学のやぶ医者たち。

トリスタン・ツァラ/ルーマニアの詩人


『ダダ宣言1918』からの抜粋「ダダ3」所収(チューリヒ1918年12月)
美術の歴史 第2巻 H.W.ジョンソン著 村田潔・西田秀穂 訳・監修  美術出版社1990出版 ③